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第11回 1978年アルゼンチン大会

【優勝国】アルゼンチン
【予選出場チーム】105
【本大会出場チーム】16
この大会から、とうとうエントリー数は100ヶ国を超えた。軍事政権による弾圧と抵抗の真っ只中にあったアルゼンチンでの開催ということもあり、当初は不安も付きまとったが、大会自体は、長く低迷していた地元アルゼンチンが名将メノッティに率いられ順当に初優勝を遂げるという大きな波乱のないものになった。
スペインで2年連続得点王に輝いた英雄マリオ・ケンペスが今大会の得点王になり、他にも、南米人としては珍しくイングランドの地で成功したアルディレスがいたし、またキャプテンのパサレラは大会後にイタリアで活躍している、といったようにアルゼンチンは優勝に相応しいメンバーを揃えていたといえよう。
ヨーロッパの2大スターであるクライフとベッケンバウアーは不参加、22歳の若きプラティニはグループリーグでその才能の片鱗を見せるに止まっている。
ちなみに、アルゼンチンが生んだ稀代の天才マラドーナは当時弱冠17歳、すでにA代表デビューはしていたが、若過ぎるという理由で本大会のメンバーからは外れている。

第12回 1982年スペイン大会

【優勝国】イタリア
【予選出場チーム】107
【本大会出場チーム】24
前回大会からエントリー数が100ヶ国を超えたこともあり、今大会から本大会出場チーム数が24に増えた。また、多くの強国が世代交代の時期にあった前回大会と比べ、1982年スペイン大会は開催国の気質に合った非常に華やかな大会になるであろうと予感させるスターが顔を揃えている。
見事な攻撃サッカーを披露し「黄金のカルテット」と呼ばれたジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾを擁するブラジル、華麗なパスワークを奏で「三銃士」と形容されたプラティニ、ジレス、ティガナのフランス、ワールドカップ初出場となる21歳のマラドーナが加わったアルゼンチン。
多くのスターが「情熱の国」に集ったスペイン大会だが、肝心の地元スペインは振るわず、また、世界中のファンを魅了したブラジルとフランスの攻撃的なサッカーが、結果的に、守備の国であるイタリアと西ドイツの前に屈したというのは何とも皮肉である。

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